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市内東部の下阪本、東南寺(とうなんじ)から旧道へ出る小川に沿う道筋に、坂本城跡の碑があります。坂本城は、現在見るべき遺構がほとんど残っておらず、この碑だけがひっそりと立っているだけだが、戦国時代に明智光秀(1528-82)が築城した城です。
城内に琵琶湖の水を引き入れた水城形式で、高い天守閣を持ち、その姿は非常に豪壮であったといいます。「その結構壮美なるには眼を驚かす」と絶賛されたこの名城は、明智光秀の支配のもと、比叡山の監視と西近江路(にしおうみじ)・坂本港明智の要衝の地となりました。本能寺の変の後、山崎(やまさき)の合戦で敗れた明智一族の秀満が妻子を刺し殺して城に火を放ち、討ち死にした史実は、戦国の悲話としてもよく語られています。 |
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